大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)1047号 判決 1972年10月31日
理由
一 《証拠》ならびに弁論の全趣旨を総合すると、
1、笹谷新吾は被控訴会社の代表取締役であつたところ、同人の知らない間に、昭和四一年一一月一八日に取締役を退任させられ、代表取締役の資格を失つたが、昭和四三年九月一六日に新取締役が就任するまでは従前どおり代表取締役としての権限を有していたものであり、同年一二月二八日には代表取締役の資格喪失の登記がなされるに至つた。
2、笹谷は昭和四三年一二月一九日に株式会社泉州銀行難波支店から被控訴会社名義をもつて手形用紙五〇枚の交付を受けたが、代表取締役資格喪失の登記がなされたことを昭和四四年一月二〇日頃に知つたので、同日以降は被控訴会社代表者名義で手形を振り出したことはなかつたけれども、既にそれまでの間に被控訴会社代表取締役名義をもつて水村組こと佃国丸にあてて振出日を白地とし、本件約束手形を含む総額二、〇〇〇万円の約束手形数通を振出した。本件約束手形は、笹谷が被控訴会社の代表取締役の資格を喪失した旨の登記がされた昭和四三年一二月二八日以後に振り出されたものであるけれども、その後、誰かによつて振出日を昭和四三年一二月一〇日と補充された。
3、水村組は本件手形を株式会社サカエ商店に、同商店はこれを控訴人にそれぞれ白地裏書により譲渡し、控訴人が現に本件手形を所持している。
以上の事実が認められ、右認定に反する《証拠》は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。
二、このように、その旨の登記がなされている場合には、代表取締役の資格喪失は善意の第三者にも対抗し得ることになるので、すすんで、被控訴会社が笹谷の本件手形の振出につき表見代理の責任を負うかにつき検討する。
《証拠》によれば、水村組は本件手形を工事代金の支払いとして受領したのであるところ、工事契約当時笹谷が被控訴会社の代表取締役であつたことを知つていたが、笹谷においてその代表取締役の資格を失つたことを昭和四四年三月頃まで知らず、それまでは被控訴会社の代表取締役であると信じていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、水村組は笹谷がかつて、被控訴会社の代表権を有していたことを知つており、その後、代表権を失つたのにこれを知らずに代表権があるものと信じていたのであるから、商法上代表権喪失の登記を対抗される善意の第三者であり、かつ、民法一一二条の善意の第三者にもあたるものというべく、被控訴会社は同条の代理権消滅後の表見代理の責任を負うべきである。
被控訴会社は、本件手形の受取人たる水村組において笹谷の代表資格喪失を知らなかつたことには過失があると主張するけれども、同組に過失が存することを認め得る証拠はなく、手形取引は迅速を要するものであり、その都度、商業登記簿を調査しなかつた一事をもつて過失があるものとするわけにはいかない。
三、控訴人が本件手形を支払期日に支払場所に支払いのため呈示したが、その支払いを受けられなかつたことは当事者間に争いがなく、以上認定の事実によると、被控訴会社は控訴人に対し本件約束手形金一〇〇万円とこれに対する支払期日たる昭和四四年五月一二日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息金を支払うべき義務があることは明らかであり、控訴人の第一次的本件約束手形金請求はその余の点につき判断をするまでもなく理由があるものというべきである。
(裁判長裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信 小北陽三)